先週の土曜日、
彼女は、主に鉄を加工(切ったりたたいたり)して作品を産み出す生粋の芸術家だ。
彼女と会話しているとアーティストというより芸術家という言葉が相応しいと感じる。
同じ言葉のようでいて日本人にとってはやはり、言葉の重みが違う。
「芸術とは職人技を極めた先にあるもの」という故黒澤明監督の言葉を思い出す。
しかしやはりどうして、本人はあっけらかんとしたもので、うら若き美貌の年頃の娘なのだからおもしろい。
作品について、どのようにしてこのようなカタチになるのかと問えば
「鉄と話しをしながら…」
と相棒と相談して決めました、かのような屈託のないこたえ。
本人、自覚があるのかないのか、たぶんないだろうけれど(笑)、かなりの大物。
それは、芸術家の宿命のように過去も未来もなく「今を生きる」という行為を楽しんでいるかのようで気持ちがよい。
この「今を生きる」ということは当たり前の様でなかなかできないものだ。
それは凡人にとって、憧れの対象であり、時として目標となる。
そんな彼女が選んだ作品づくりの根底にあるテーマが「記憶」。
「今を生きる」すべを知ればこそ、辿り着いた答えなのかもしれない。
そして作品
壁に落ちる影までも作品の一部として語りかけるようで生気を感じる。
彼女の作品には、縁あって3年程前に出会ったのだけれど、40年近く生きて来て知らなかった自分の好きなものだった。
加工された鉄、というか彼女の産み出した鉄のカタマリをじっと見ていると、どこか懐かしいような、胸の辺りがクッとなって穏やかに心がみたされてゆく。
そんななんとも形容しがたい感覚にとらわれ、出来る事なら手元に置いて、飽く事なく眺めたい衝動に駆られてしまう。
写真では伝わりにくいこの作品の魅力、是非その目で確かめてもらいたい。
今週の土曜日(27日)17時までの展示、日本橋蠣殻町SAN-AI GALLERYにて。
詳しくは…
↓小田薫オフィシャルサイト
ODA Kaoru Metal Works
グループ展「記憶 vol.9」を拝観した。
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